Sahara's WebLog

日記のような、備忘録のような、うらみつらみのような、自慢のような…。

本当の恥ずかしさ

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確かに、おバカな短大生たちが落書きをしたのは恥ずべき行為だ。学校名と名前を書いたのもバカすぎて、むしろ滑稽だ。いかに日本の大人が若者に甘いかを、国際的に証明してしまった感もある。
これだけでも十分はずかしいのだが、
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これが、もう、あなた、本当に恥ずかしい。
恥ずかしくて涙が出そうだ。
相手が「なんてことすんだよ」「どうしてくれんだよ」って怒りをあらわにしてくれた方がまだ救いようがあったが、相手が非常に「大人な」態度で、寛大な物言いをしてきたものだから、もう、これ、完ぺきに日本人として恥ずかしいことになってしまった。

「謝ってくれればそれで良い」と修復費用を受け取らず

最近の若者には、この意味の恥ずかしさはわかってもらえるかな?具体的に行った行為そのものよりも、行為の対象を選ぶ見識の無さやその後の処理の仕方の方がはずかしい。身震いするほどはずかしい。
片や、荘厳、寛容、慈悲、片や軽率、無知、稚拙。

まるで、落書きを消して元通りにし、その費用を払えばそれで良しと
しているように思えてしまう。恥ずべきは、文化的な遺産の遺産たる所以、その歴史的な意味といった、形にあらわしたり、まして金に代えたりできないものに対して払うべき敬意の欠如であって、落書きという行為そのものではない。仮に落書きしないでおとなしく帰ってきていたとしても、それは内面の幼稚さが露呈しなかっただけのことで、やはり彼女らは恥ずべき存在なのだ。

日本人として短大に言わせてもらおう。
バカをおもてに出すな。
どうしても行かせるならディズニーランド程度にしておけ。

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Posted under: 国際


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