Sahara's WebLog

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小澤征爾指揮のアルバムがグラミー賞受賞 – では、あらためてN響事件を語ろうかw –

グラミー賞に小澤征爾さん指揮のアルバム 初の受賞 2016年2月16日11時57分
 米音楽界の祭典、第58回グラミー賞授賞式が15日(日本時間16日)に米ロサンゼルスであり、指揮者の小澤征爾さんが指揮したラベル作曲の歌劇「こどもと魔法」を収めたアルバムが最優秀オペラ録音賞を受賞した。小澤さんがグラミー賞にノミネートされるのは8度目で、初の受賞だ。
 小澤さんが指揮した歌劇「こどもと魔法」は、2013年8月に長野県松本市で開かれた音楽祭「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」(現在は「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」と改称)で録音された。サイトウ・キネン・オーケストラが演奏し、地元の子どもらの合唱団も参加した。
 小澤さんは音楽祭公式サイトに「この『こどもと魔法』は僕の大事な仲間であるサイトウ・キネン・オーケストラとすばらしい歌い手たちと創った作品で彼らのお陰で、充実した練習と公演ができてとても楽しかった。それが松本のフェスティバルの力なのだと思う。たいへんうれしく、みんなとこの作品を創れたことを誇りに思います。仲間たちとこの喜びを分かち合いたいです」とコメントを寄せた。

Congrats_Best_OperaRecording_SeijiOzawa
タイトルの副題はウソだ。
N響事件についていまさら詳しく語る気は無い。
まして、その後のNHKの小澤に対する扱いについて長々と書く気も無い。
下らなすぎて時間を割くのさえばかばかしい。
興味の有る方は検索でもして、今のNHKの現状と照らし、N響に限らず、日本に存在する日本で権威のある側に位置するとされているさまざまな集団がいまだに「クソ」ばかりである現状を嘆いたらいい。
「小澤征爾 N響事件 ボイコット」とかで検索できる。
あ、ついでに「出る杭は打たれる」とかも検索して、そういう腐った概念についても復習してみるといいかも。
ちなみに、良い鋼は打たれることでさらに鍛錬され、しなやかで強靭な刃物となる。

ニュースを見て検索してみたらNHK様もいっぱしにこのニュースを報道していらっしゃるようなので、へえ、いつから小澤を無視するのやめたんだろうと思ったら、「和解」とかいう都合のいいふざけた発想で、何事も無かったかのように平然と扱いを変えたらしい。
杉原千畝の存在を無視し続けた挙句に、結局無視できなくなった日本国外務省と同様に、大NHKももう小澤を無視できなくなったのだそうだ。
ざまあ。
日本のこういう厚顔無知を地でいく連中は、ほんとうにいい面汚しだと思うが、当の本人たちは立派なつもりらしいから、まったく手に負えない。

さて、小澤征爾に関しては、だいぶ前に楽しそうにセサミストリートに出演していたのを観て、ああ、また1つの才能がアメリカに持っていかれたんだな、と思ったのを記憶している。
私の感覚では、セサミストリートにゲストとして招かれるということは、アメリカにおける最高のステータスだ。
日本とか言う島国のNHKとかいう御用放送局の番組でクソのようなアナウンサーの具にもつかない台本どおりのインタビューをうけるのと比べたら、それこそ雲泥の差がある。
そうやってアメリカに持っていかれてしまって、取り戻せない日本の才能、作品の数多いこと。
それを横目で見て初めて、馬鹿な日本人はやっとその価値に気付く。
この繰り返しもいまだに全く変わっていなくてあきれる。
気付いてあわてるならまだしも、上に書いたように、NHK様とか外務省様とかは、とりあえず知らない振りをするのだ。
もう、「クズ」が過ぎて笑うしかない。

グラミー賞のニュースを見てそんなことを思った。

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Posted under: 公的機関, 社会, 芸能


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